インタビュー
靭矢:高田先生、今日は宜しくお願いいたします! 先生は、鍼灸師の他に農業や音楽… いろんな趣味をお持ちですね。 子供の頃はどんな少年だったのですか?
高田:ごく普通の子供ですよ。
わりと好奇心が旺盛だったと思いますね。 高校時代にね、「北の国から」のドラマに感化されてね。知ってる? 「北の国から…」
靭矢:もちろん! 田中邦衛さん! 北海道! あのメロディー!
高田:そう。その「北の国から」田中邦衛さんが演じる五郎さんに憧れてね… 高校生の時から将来は、自分の家を自分で建てて自給自足の生活をしようと決めていたの。 、農業の勉強をしようと東京農業大学畜産学科に進学したんだけど… 農大で学んだのは農業ではなくて武術だった…。 少林寺拳法部に入って四年間稽古に励んだの。 当時「北斗の拳」って漫画が流行ってたでしょ?「秘孔を突いた… お前はすでに死んでいる…」ってあれね。 四国にある少林寺拳法の本山に板東先生って達人がいて… この人がケンシロウのモデルなんだ。 僕は、本山で板東先生にお会いして、少しだけど手解きを受けたことがあるの。 人を活かすも殺すも活殺自在・・・すごい進人だった~ ケンシロウの兄にトキっていたでしょ?病いを治す武道家… 僕はトキになりたかったんだよ(笑) だから武術を学んだことがきっかけで… 治療家に憧れて、大学卒業後に鍼灸の専門学校に行ったわけ…
靭矢:やー、憧れを行動に移しますね!
北の国からの五郎さんや北斗の拳や… 自分の好奇心に突き動かされた青年時代ですね!
高田:当時の東京は、バブル期だから… 今じゃ考えられない賑やかな時代だったよ。 僕が行った学校は「呉竹学園」の夜間部だった。 昼間は木下暗都先生の治療院で助手をさせてもらっていたんだよ。
靭矢:木下先生?
高田:知らないの?木下晴都先生。日本競灸師会の名誉会長だよ! 鍼灸師で医学博士になった最初の人。 鍼灸についての書籍も多数発行しているから、多分割矢君も読んでいるよ。 「鹹灸学原論」「最新鍼灸治療学」は、木下先生が全身全霊をかけて執筆した本だよ。 鮮や鹹管をはじめ治療や診察に使う道具の開発にも力を注がれたよ。 取得した特許も数えきれない…
特に理想の鍼の形状を見つけ出すことには、 特別強い思い入れがあってね・・・ 今のセイリンさんの「痛くない鍼先」は木下先生が提案していた鍼そのものなんだよ。 組織を切って入るのではなく… 分けて入る、滑り込むように入る… 鍼灸を、科学的エビデンスに基づいた医療にするために尽力された偉大なお方なんだよ。
靭矢:無知で恥ずかしいですが…
このような先生が開いてくれた道の先に僕らがいるんですよね…
高田:そうだよ! 専門学校に行きながら、木下先生の治療院で学ばせて頂いていたの。
それは忙しかったね(笑) 毎日ママチャリで30km走り回っていたからね(笑)
靭矢:修行…されてますね(笑)いろんなところで… (笑)
僕は、木下先生から直々に研ぎ方の手解きを受けたよ。
鍼の研ぎにも修練が必要だよ。
高田:今の鍼灸師は、鍼の研ぎ方なんて知らないでしょ? ディスポ鍼が常識になったからね… 腕のいい料理人は毎日包丁を研ぐでしょ? 包丁研ぎが下手では一人前にはなれない… グラインダーで研いでから、最後に縁先を鹿の皮に擦ることで先端に0.01mm程の丸みを付けるの.. これが大事! いろんな鍼のメーカーがあるけど… この形状になってない鍼は痛いし、治療効果が変わってくると僕は思っているよ。 筋肉や神経をねらう道具だからね!
靱矢:それでは専門学校を卒業した後は、本格的に木下先生の治療院で働かれたのですか?
高田:アハハ(笑)それが、そこからね… プー太郎生活が始まるの(笑)
靭矢:えっ、飛び出しちゃったんですか?!
高田:そうなのよ、実はコレも憧れの話なんだけど…
僕は「フーテンの寅さん」にもなりたかったんだよ(笑)
フーテンの寅になるために… 僕は自分の技術が欲しかったんだよ
靭矢:パンパン、バナナのたたき売り… ですか!
高田:違うよ!(笑)自分に腕があれば、全国どこでも食べていけるじゃん!って話。
ギター背負って、世界中を旅したかったんだよ
靭矢:ギターの話になりましたね! ギターとの出会いも教えてくださいよ!
高田:ギターはね、高3ぐらいからかな。
僕のギターは、始まりはクラシックギターだからね。 木下先生のところに行きつつ学校行きつつ、週1回のギター教室にも通って…
靭矢:なんという忙しい日々… 確かにガットギターですね
高田:それで、プー太郎時代には、いろんな所に行ったよ。インドも行ったよ。カシミール地方とか…
靭矢:インドのカシミール?! 今、一番危ない所じゃないですか! 戦闘が始まってる…
高田:あそこはね… ずうっと危ないんだよ(笑)インドとパキスタンの境だから… 「この世で最も美しい場所だから、一度行ってみるといい!」と友人に薦められて、行ったのだけど… 高地の湿地帯で、人工の明かりは一切ないから夜には物凄い星空が見えるんだ! 地平線の上は星だらけ! 草に寝転がって天を見ると視界の全てが満天の星! 宇宙空間にいるような気になる… でも時おり、虫の声に混じってマシンガンのカタカタいう音が聞こえたりする(笑) インドでは、現地の人たちと同じものを飲み食いしていたら・・・赤痢になったよ(笑)
ガンジス川で泳いだよ。汚い川だったなぁ… (遠い目…)
靭矢:バックパッカーだったんですね、すごいなー! じゃあ20代前半はそんな生活だったんですね、いつ静岡帰ってくるんだろ?
高田:一年位そんなヒッピーみたいなことをしてたんだけど、静岡に帰って来て… そこから高校生の時からの夢である… 「丸太小屋」を作り出す訳ですよ。 父が若い頃植えたヒノキが30年くらい経っていて、その木を伐採して1本ずつ山から担ぎ出して… 木の皮はがして… 全工程独りで… 1年間かけて丸太小屋を作ったよ。 「北の国から」の五郎さんをやりたかったんだよね(笑) あの1年は僕の人生の中でも特に楽しい時間だったよ。
その時建てた治療院兼自宅に10年間住んでいたよ…
靭矢:お遊びレベルじゃなく、しっかり作ったのですね! 建築技術は、どこかで学んだんですか?
高田:我流だよ(笑) ほら… 僕、インド行って悟っちゃったわけですよ
「人生、なんでもありだな… 自分の思うままに生きてみよう」って…
自分の家建てるのに、人に指図される必要ないだろ?ってね。
「活殺自在」と「自給自足」が僕の人生のテーマだから(笑)
靭矢:真っすぐ行きますね(笑)自分に影響を与えてくれたものに…(笑)
高田:犬とヤギと鶏なんかと暮らしながら、ふと思い立つとふらっと旅に出る… 楽しい独身生活だったよ。
そのうち結婚して、子供が2人生まれて、丸太小屋が手狭になって… 今の場所に引っ越して来て… 家族を養おうと真面目に仕事に精を出し… 20年かな。
靭矢:そして20年ですか… 色々端折ってくれてありがとうございます(笑)
なんか、高田先生のテーマが… 堂々とある人生ですね…
「憧れを自分の姿に変えてみる!」とか
「憧れたんだから、自分もその姿になる!」とか…
高田:そうだよね… 「北の国から」に憧れて、五郎のように家を建てよう…とか
武道をしている先輩が鍼灸師だったから、自分もそれになる…とか鍼灸そのものに憧れたんじゃなくて、その人間に憧れて… その憧れに近づきたくてやってきたのかも…
高田:東京時代の木下先生の治療院には、大勢の患者さんが来られていてね。
各界の著名人も多く来られたよ。面白いお話いっぱい聞けたね。 今ここで仕事してても…治療に来る患者さんからいろんな話を聞くんだ。 特に戦争や戦後の混乱期を生きた人達は、すごい話をたくさん持っているよ。 僕の治療スタイルは、患者さんとの一対一。助手もなにもつけないで… これが、誰か別の人がいると、患者さんは心を開かないんだよ。 一対一だからこそ、「あなたにだけ話すよ」って自分の悩みや弱点や大切にしている思い出を話してくれるの。 そうして聞かせてもらった数々のドラマが僕の宝物だな…
靭矢:人間への憧れ… 人間への好奇心… そんな人間へのまなざしを感じますね! 鍼灸のお仕事をされてますが… もっと大きなテーマで仕事しているように見えます…
高田:鍼や施術によって身体を良くしてあげる…って事はさ、ちょっとした事じゃん! そんな事は些細な事でしかないんだよ… 死にそうな人を生き返らせた訳でもないし… それよりも…その人しか持ってない貴重な人生のエピソードを聞かせて貰っている事の方が… なによりも嬉しい事だよ。 だから、幸せな治療家人生を歩んできたなーと思っているよ。
靭矢:うんうん…
これからの鍼灸師にむけてのお話を聞きたいと思いましたが… もっと大きく… これからの人類への提言などはあるでしょうか?
高田:人類!?(笑) そうだな~
現代人は、ネットを使って欲しい物、面白い情報を手に入れることは得意だけど、 自分の力で何かを作り出す能力は、悲しすぎるほど低いよね… これからの時代を生きる人の人生は… 喜怒哀楽の濃度が薄まってくるんじゃないかな? 僕が魅力を感じた昭和の時代を生きた人々は、皆自分の人生の主人公だもの。
靭矢:確かに… 僕自身も人生ドラマは少ないですもん。
誰かが作った何かを眺めているだけで時間が無くなってしまいますからね…
高田:治療家としては「抜苦与楽」苦しみを抜いてあげて、楽を与えてあげる事ができたらいいね…
靭矢:まさにトキの精神ですね… 「抜苦与楽」
高田:僕の治療でね、今一番大切に考えている事は、「上手な寝方のアドバイス」なんだよ。 寝方で頭部の血行不良が大きく変わってくる事を実感していてね。 正しい寝方を知ることで人生が変わるんだよ! 日本の自殺者の多さとか見てると… この国を憂いじゃうでしょ…
靭矢:はい、どうしようもない悲しみの数字がありますね…
では、鍼灸師はこの国の為に、なにができるでしょう?
高田:草の根レベルで「人生を楽しむ為の身体へのサポート」をしていけばいいんじゃないかな?
それには勉強しなくちゃいけないよ!
薬について… 薬の悪影響についても鍼灸師は知らなきゃいけない…
健康寿命が長くなってきているけど… 寿命と健康寿命の差が10年あるんだから…
逆に苦しんでいる人達を救うことができれば、こんなありがたい存在はないでしょ?
この10年を寝たきりや認知症、要介護状態で生きることを考えると… 切ないよねこの厳しい現状のなかで、鍼灸師が鍼と灸という限られた方法だけで生きていくのは難しいと思うよ。 地域の民生委員さんから依頼を受けて健康セミナーも年に4回ほど開催してる。 そこで話すのは、「上手な寝方で人生が変わる!」ってお話し(笑) 健康セミナーと併せて「紙芝居&人形劇」の上演もするんだけど… これが好評なんだよ(笑)
僕は治療に来る全ての患者さんに「上手な寝方」を教えているの。
靭矢:… いろんなこと、やってますね、先生。
高田:(笑)でしょ、でも僕の中では全部繋がっているんだよね丸太小屋も、武術も、旅も、音楽も、医学も… 全部、人間が面白い!って事なんだと思っているよ。 五郎さんになりたかったし、トキにも、寅さんにもなりたかったけど… 今は「自分」として生きている感じかな…
靭矢:今のその姿が、逆に誰かに憧れられる存在になっていると思います!
「高田卓二」になりたい! そんな若者が沢山いると思います!
高田:アハハ、「憧れ」って回っていくものなんだろうね…
靭矢:最後に… 青年時代の思い出の曲、好きな曲を教えてください。
高田:「北の国から」と「銀河鉄道999」のテーマ曲
インドを旅したとき… 35年前のインドの鉄道は、ディーゼルもあったけど、 多くは蒸気機関車だったんだ。 広大なインド平原をデリーからカルカッタまで横断するのに48時間かかった(笑) 列車の屋根に上って見渡す限りの大平原を眺めながら口ずさんでいた曲だよ。